給与明細の「健康保険」「厚生年金」の控除額が正しいかを確認するとき、つまずきやすいのが (1) 標準報酬月額の下限が健康保険と厚生年金で違う こと、そして (2) 健康保険料率は協会けんぽの「支部(都道府県)」ごとに異なる ことです。本ページは特定の個人・会社とは無関係の一般的な解説です。
1. 保険料は「給与額そのもの」ではなく「標準報酬月額」で決まる
健康保険・厚生年金の保険料は、毎月の給与額そのものではなく、給与を階段状の区分に当てはめた 標準報酬月額 に保険料率を掛けて計算します。ここで注意が必要なのは、この階段表(等級表)の 一番下の段(下限)が健康保険と厚生年金で異なる ことです。
| 制度 | 標準報酬月額の下限 | 根拠 |
|---|---|---|
| 健康保険 | 等級1 = 58,000円 | 健康保険法40条の等級表 |
| 厚生年金 | 第1級 = 88,000円 | 厚生年金保険法20条の等級表 |
このため、たとえば月給が 50,000円 と下限を下回る場合でも、健康保険は58,000円、厚生年金は88,000円を基礎に計算されます。両者の基礎額が食い違うのは制度上正しい動きで、誤りではありません。
2. 厚生年金の料率は全国一律・固定
厚生年金保険料率は、段階的な引き上げが完了した平成29年9月以降 18.300%で全国一律・固定です(厚生年金保険法81条)。都道府県による差はなく、年度が変わっても変動しません。
88,000 × 18.300% = 16,104円(全額)
16,104 ÷ 2 = 8,052円(本人負担・折半額)
健康保険と違い、厚生年金は「支部」も「年度改定」も関係しないため、ここが毎月同額のまま動いていないのは自然です。逆に言えば、健康保険だけが急に動いたときは、健康保険側の料率設定を疑うサインになります。
3. 健康保険料率は「支部(都道府県)」ごとに違う ― ここが誤適用の落とし穴
協会けんぽ(全国健康保険協会)の健康保険料率は、事業所の所在地を管轄する都道府県支部ごとに定められており、隣り合う県でも率が異なります。給与計算では「勤務地(事業所所在地)の支部の料率」を使う必要があります。
料率改定は毎年 3月分(4月納付分)から適用されます。給与天引きには「当月分を当月給与から引く(当月徴収)」「当月分を翌月給与から引く(翌月徴収)」の方式があり、どちらかによって「何月の給与から新料率が反映されるか」が変わります。
よくある誤り:別の県の支部の料率を当ててしまう
給与ソフトの支部設定ミスや、参照した保険料額表の取り違えにより、勤務地と異なる県の支部の料率で計算してしまうケースがあります。隣県でも率が違うため、保険料額が月数十円〜数百円ずれ、過大徴収・過少徴収につながります。
4. 検算の例 ― 健康保険の本人負担額が「どの料率で計算されたか」を逆算する
健康保険の標準報酬月額を下限の 58,000円 とし、いくつかの料率で本人負担額(折半額)を計算してみます。折半額の端数は 50銭以下は切り捨て・50銭超は切り上げで円に丸めます(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律)。下表の料率は仕組みを示すための例示で、A県・B県は特定の県を指しません。
| 料率の例 | 計算(58,000 × 料率 ÷ 2) | 本人負担(丸め後) |
|---|---|---|
| A県・前年度 10.12% | 2,934.8 | 約2,935円 |
| A県・新年度 10.08% | 2,923.2 | 約2,923円 |
| B県・前年度 10.31% | 2,989.9 | 約2,990円 |
| B県・新年度 10.11% | 2,931.9 | 約2,932円 |
このように、本人負担額から逆算すると「どの支部・どの年度の料率で計算されたか」がほぼ特定できます。明細の健康保険額を上表のように当てはめて確認すると、料率の取り違えに気づけます。
金額が「上がった」のか「下がった」のかが手がかり
近年の年度改定は引き下げ傾向のことが多く、その場合 改定後はむしろ保険料が下がるはずです。改定月をまたいで保険料が上がっているのに「料率改定のせい」と説明されている場合、実際には別支部の料率の誤適用など別の原因が隠れている可能性があります。「上がる/下がる」の向きが改定の方向と合っているかを確認しましょう。
5. 介護保険料が引かれていない場合
介護保険料は、健康保険加入者のうち 40歳以上65歳未満(介護保険第2号被保険者)の方だけが負担します(介護保険法9条2号)。40歳未満や65歳以上の方は給与からの介護保険料控除がないため、明細の介護保険欄が空欄でも不自然ではありません。
6. 確認のチェックポイント(まとめ)
- 厚生年金は18.300%固定。標準報酬月額(下限88,000円)× 18.3% ÷ 2 と一致するか。
- 健康保険は 勤務地(事業所所在地)の支部の料率になっているか。隣県の料率を誤って使っていないか。
- 標準報酬月額の下限は健保58,000円・厚年88,000円。低賃金でもこの額が基礎になる。
- 改定月をまたいで健康保険料が動いたら、改定の方向(上げ/下げ)と一致しているか。
- 徴収方式(当月/翌月)によって新料率の反映タイミングが変わる点を給与担当者に確認。
- 介護保険欄が空欄でも、40歳未満・65歳以上なら自然。
主な参照:全国健康保険協会「都道府県毎の保険料率」kyoukaikenpo.or.jp / 健康保険法40条・厚生年金保険法20条・81条 / 介護保険法9条2号 / 日本年金機構「保険料の計算(端数処理)」